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江戸の沢庵を支えた「練馬大根」の歴史と今@東京都練馬区

江戸の沢庵を支えた「練馬大根」の歴史と今@東京都練馬区

こんにちは。
北海道在住、野菜くだものハンター、
食と農のコンサルタント、田所かおりです。

 

アブラナ科の野菜であり、
江戸東京野菜の
ひとつでもある「練馬大根」。

 

江戸時代、江戸の食文化を
支えたこの大根は、
単なる農産物ではなく、
「干して、運び、漬けて、食べる」という
一連の営みの中で成立した、
都市と結びついた野菜でした。

現在ではその姿を見る機会は
限られていますが、
練馬の地には、
いまもその営みの断片が残されています。

今回訪れたのは東京都練馬区。

渡戸正さんの畑、
生産者さんのもとでの干しの現場、
文化館、碑、そして和菓子へと広がる
現在の姿までを辿りながら、
「練馬大根」という存在を取材しました。

畑を訪れたのは11月下旬。

収穫にはまだ少し早い時期でした。

「本当はもう少し大きくしたいんだけどね」

そう話しながら見せていただいた
「練馬大根」は、まだ細く、
これから太っていく途中の姿でした。

播種は9月15日。

株間は35〜40センチほどで
管理されています。

本来であれば8月後半に播種するそうですが、
近年の気温上昇により、
その時期は気温が40度近く、
地面に至っては50度近くになることもあるため、
播種が難しいとのことでした。

ここにも、近年の気候変動の影響が
色濃く表れています。

また、今年は天候とは別の事情もあり、
ハウス栽培に
初めて取り組まれたそうです。

これまで
「練馬大根」を作っていない場所なので、
念のため大根がすっと
下までまっすぐ伸びるように、
播種前には棒で一株ずつ穴をあけていく
作業をされたそうです。

土づくりが何よりも大切で、
その後は雨と潅水チューブによる
水管理で育てていきます。

本葉が2〜3葉ほどになり、
大根が小指くらいの太さになった頃に
間引きを行うそうです。

畑に並ぶ大根は、
まだ完成形ではありませんでした。

それでも、
土の中でまっすぐ深く伸びていく姿には、
この土地で受け継がれてきた
品種の力強さを感じました。

 

「練馬大根」は、乾燥前で60cm以上が
基準とされています。

さらに資料によれば、
75cmから90cmに達するものもあり、
「練馬大長大根」「練馬尻細大根」とも
呼ばれてきました。

 

先端に向かってゆるやかに細くなるこの形は、
「練馬大根」を象徴する特徴です。

収穫後の大根は、
大根洗い機で丁寧に洗われ、
軒先に干されていきます。

軒先に干されていきます。

水分が抜けていくと、
大根はしなやかになり、
手でぐっと曲げられるようになります。

干し具合を確かめるために、
大根を「グネッ」と曲げる。

両端が近づくほどしなやかになった頃が、
ちょうどよい乾燥の目安です。

この工程を目の前で見ると、
「練馬大根」は畑で完結する野菜ではなく、
干してはじめて
完成へ向かう野菜であることがよく分かります。

「練馬大根」は、
沢庵(たくあん)漬のための大根です。

水分が少なく、皮が薄く、乾きやすい。

干すことで歩留まりがよくなり、
歯切れのよい食感が生まれます。

実際に同時期に取材した
伝統野菜の大根品種を
ハリハリ漬けにして、食べ比べてみました。

写真左から、「大蔵大根」「亀戸大根」「練馬大根」

「練馬大根」
程よいパリパリ感があり、
歯応えもしっかりしている。
漬物としてのバランスがよい。

「大蔵大根」
パリパリ感はあるが、
歯応えはそれほど強すぎない。
しつこさがなく、
すっきりとしたスマートな印象。

「亀戸大根」
パリパリ感があり、弾力はやや強め。
食感の存在感がある。

こうして比較してみると、
漬物としての総合的な印象は、
「練馬大根」が最もバランスがよいと
感じられました。

この「歯切れ」の心地よさがあるからこそ、
長く沢庵漬として
使われてきたのだと実感しました。

また、「練馬大根」は
地中深く長く伸びるため、
引き抜くのが非常に難しい大根でもあります。

引き抜く際には、
必ずまっすぐ真上に引かなければなりません。

少しでも斜めに力をかけると、
途中で折れてしまうのです。

この特徴から、
「練馬大根引っこ抜き競技大会」が
行われています。

 

この大会は、
市民が練馬大根に触れる機会であり、
どのような大根なのかを
体感する場でもあります。

私も実際に
成長途中の大根抜かせていただきましたが、
これまで取材してきた大根品種の中でも、
もしかすると一番引き抜くのが
大変だったかもしれません。

左右に少し揺らせば抜ける大根も多いのですが、
「練馬大根」はびくともしませんでした。

かといって折れやすいため、
かなり慎重に抜く必要がありました。

この「引き抜きにくさ」は、
テレビ番組などでも紹介されることがあり、
「練馬大根」の特徴を
象徴するものとなっています。

江戸の人口は当時、
世界でも有数とされる
百万都市へと膨らんでいきます。

その食を支えていたのは、
近郊の農村でつくられる野菜でした。

当時世界一ともいわれた江戸の食文化を
支えた蔬菜のひとつが、
「練馬大根」です。

江戸中期には、
数ある大根の中でも「練馬大根」は、
将軍をはじめ江戸市民に広く親しまれ、
「大根といえば練馬」と
いわれるほどの存在になっていきます。

「練馬大根」の発祥については、
いくつかの伝承が残されています。

そのひとつが、
江戸幕府五代将軍・徳川綱吉に
まつわるものです。

綱吉は将軍になる前、
下練馬村に別邸を構え、
その敷地内に尾張の宮重大根の種を持ち込み、
栽培したといわれています。

この話の真偽は定かではありませんが、
将軍になる前の綱吉が
練馬を鷹場としていたことは
史実として残されています。

いずれの伝承も、
「練馬大根」の発祥が
富士大山道沿いであることを示しています。

種について伺うと、
かつては渡戸正さんのお父様を含む3名で
採種グループを立ち上げ、
種を守ってきたそうです。

現在は、練馬区によって管理されています。

品種を残すということは、
野菜そのものだけでなく、
種を継いでいく
営みでもあるのだと感じました。

「練馬大根」は、
日本の大根を代表する品種のひとつ
として各地で栽培されてきました。

その中で尻細系と尻つまり系に分かれ、
「三浦大根」など多くの品種が
成立していったとされています。

(出典:日本の野菜文化史事典)

昭和15年、「練馬大根」の名を後世に残そうと、
練馬漬物組合が中心となり
「練馬大根碑」が建立されました。

碑にはその名が大きく刻まれ、
基台には組合員が持ち寄った
漬物用の重石が使われています。

それは、この大根が単なる野菜ではなく、
漬物文化そのものであったことを
静かに物語っています。

練馬区立 石神井公園ふるさと文化館では、
干し大根や沢庵に関する展示を見ることができます。

畑で育て、洗い、干し、漬ける。

その一連の営みが、
文化として丁寧に記録されていました。

「練馬大根」は、
畑だけで完結する野菜ではなく、
加工と流通を含めて成り立つ食文化でした。

その食文化は、
いまも形を変えながら広がっています。

練馬では、地元のお菓子屋さんが
「練馬大根」を使った和菓子を考案されていました。

練馬大根最中、練馬大根ようかんです。

練馬大根最中の餡には、
大根を砂糖で煮たものが使われ、
緑色の皮には葉の粉末が
練り込まれています。

最中の皮からは
ほんのり大根の香りがしました。

 

また東京青葉農業協同組合さんからは
練馬大根ドレッシングが販売されていました。

これらは文化が形を変えたというよりも、
今も続く食文化から派生した
新たな表現のように感じられました。

文化が途切れることなく続きながら、
その周辺で新たなかたちが生まれている。

そうした広がりを感じる一品でした。

今も畑で育てられる大根。

碑として残る歴史。

市民が触れる大会の時間。

文化館で受け継がれる記憶。

そして、今へと広がる新たなかたち。

「練馬大根」は、
そのすべての時間を内包しています。

◆渡戸農園すずしろ 農産物直売所

所在地:東京都練馬区平和台4丁目8

渡戸さんが育てたお野菜の直売所です。
大根だけでなく季節のお野菜が並びます。

 

◆練馬大根の碑
所在地:〒179-0074 東京都練馬区春日町4丁目16

 

練馬区立 石神井公園ふるさと文化館
所在地:東京都練馬区石神井町5丁目12−16
「練馬大根」の歴史、食文化の展示や、
「練馬大根」に関する書籍を複数販売しています。

 

練馬大根最中本舗 栄泉

所在地:東京都練馬区大泉学園町1丁目12−2

 

JA東京あおば とれたて村石神井
所在地:東京都練馬区石神井町5丁目11−7
近隣の農産物や加工品、
練馬大根ドレッシングが販売されていました。

気になった方はぜひどうぞ。

取材にご協力いただきました皆様、
ありがとうございました!

今日はこのあたりで。
食と農の未来がより豊かになりますように。

参考文献
・『新版 練馬大根』練馬区教育員会
・『練馬の伝統野菜 練馬大根 練馬大根の「知りたい」がここに。」練馬区
・『江戸・東京ゆかりの野菜と花』JA東京中央会
・『日本の野菜文化史事典』青葉高著 八坂書房

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