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甘露煮のために育てるイチジクGI「大竹いちじく」@秋田県にかほ市 

甘露煮のために育てるイチジクGI「大竹いちじく」@秋田県にかほ市 

こんにちは。北海道在住、
野菜くだものハンター、
食と農のコンサルタントの田所かおりです。

秋田県南部、日本海に面したにかほ市。

この地域には、
長く人々に守られてきた食文化があります。

それが、甘露煮にするためのイチジク栽培です。
現在では「大竹いちじく」として
地理的表示(GI)にも登録されています。

10月上旬に訪ねたのは、
にかほ市大竹地区で
「大竹いちじく」を栽培する生産者、
須藤秀昭さん。

地域の歴史とともに受け継がれてきた、
このイチジク栽培について
お話を伺いました。

にかほ市大竹地区は、
鳥海山の麓、日本海に面した地域です。
秋田県の中では比較的温暖な気候で、
「秋田の湘南」と呼ばれることも
あるそうです。

冬の積雪は20〜30センチほど、
多くても50センチ程度。
この気候が、
北国では珍しいイチジク栽培を
可能にしています。

須藤さんは現在、
約1ヘクタールの畑で
イチジクを栽培しています。
植えている樹はおよそ700本。
年間の収穫量は約5トンにのぼります。

須藤さんが本格的に
イチジク栽培を始めたのは9年前。
それ以前は農協職員として
地域のイチジクと関わっていました。
イチジク産地として
盛り上がりを見せていた頃、
ご実家の農業を継ぐことを決め、
現在はお父様とともに
イチジク栽培に取り組んでいます。

地域の農業の流れを知る立場から、
生産者として栽培の現場に立つように
なったのです。

この大竹地区のイチジク栽培は、
昭和40年代後半に始まりました。

もともとは大竹牧野農業協同組合が中心となり、
桑の木による養蚕とともに
イチジク栽培が行われていたといいます。

当時整備された畑は
全体でおよそ6ヘクタール。
農協の大竹地区で区画をつくり、
1区画10アールほどの農地として分けながら
栽培が進められていきました。

現在は高速道路や
メガソーラーによる収益があり、
土地代はかからない仕組みに
なっているそうです。

こうして地域で受け継がれてきたイチジクですが、
実は長い間、品種について誤解がありました。

昭和50年頃、寒さに強い品種として
導入されたこのイチジクは、
長く「ホワイトゼノア」と認識されてきました。

しかし、ある出来事がきっかけで状況が変わります。

オンラインで開催されたイチジク祭りで、
このイチジクは
「ブルンズウィックではないか」と
指摘されたのです。

 

そこで調査を進めたところ、
宮城県で行われた
DNA鑑定の研究結果にも同様の内容があり、
このイチジクが
「ブルンズウィック」である可能性が
高いことが裏付けられました。

 

この結果を受け、
生産者たちはGI登録の内容を見直し、
令和4年3月に品種名を
「ブルンズウィック」へと変更する
手続きを行いました。

 

現在、「大竹いちじくの会」には
22名の生産者が所属しています。
GIとして出荷されるイチジクは、
全体の生産量の2〜3割ほどだといいます。

「大竹いちじく」がGIとして登録された理由は、
単に産地があるというだけではありません。

最大の特徴は、
甘露煮という地域独自の食文化と
結びついていることです。

一般的にイチジクは熟した果実を
生で食べる果物ですが、
「大竹いちじく」は完熟する前、
まだ硬い状態で収穫されます。
甘露煮に加工するためです。

熟してしまうと「大竹いちじく」
としては扱われません。
甘露煮に適した硬さの果実だけが、
「大竹いちじく」として出荷されます。

市場に出す場合も、
あまり赤くなりすぎると傷みやすくなります。
特に近年は気温が高く、
樹上で熟すスピードが速いため、
果実のお尻が赤くなる前の段階で
収穫することが重要になっています。

この地域では古くから
イチジクを甘露煮にして食べる文化が
ありました。


その歴史は昭和10年代にまで
さかのぼるといわれています。

収穫したイチジクを砂糖で煮て、
かめに入れて常温保存する。
しっかり砂糖を加えて煮詰めれば、
1年以上保存できることもあるそうです。

この甘露煮文化は
秋田のほか、宮城、山形の庄内地方、
福島などでも見られますが、
岩手ではあまり知られていないそうです。

秋田県南部では、
イチジクの甘露煮は
お正月に食べる保存食として
親しまれてきました。
内陸部ではイチジクが栽培できないため、
県南の横手市などへ2トントラックで運んで
販売していたこともあったそうです。

現在でも家庭で甘露煮を作る文化は
続いています。
須藤さんの家でも
甘露煮は奥様が作っているそうです。

こちら、全て須藤さんからの頂き物です。

そして、これが、イチジクの甘露煮です。


想像以上の美味しさでした!
こちらのイチジクの甘露煮をいただき、
そのおいしさにすっかりはまってしまい、
それ以来、旅先で
少し固めのイチジクを見つけると買ってきて、
何度か自分でも甘露煮を作っています。

須藤さんの奥様のレシピでは、
イチジク2キロに対して
最初に入れるお砂糖の量は500gですが、
須藤さんのお母様のレシピでは
その倍入れるそうです。
その後、砂糖を加えながら煮詰めていきます。
昔ながらの常温保存にする場合は、
砂糖をしっかり入れて
カチカチになるまで煮るといいます。

須藤さんは加工品として
ドライイチジクも作っています。
年間約800袋、50グラム入りで販売しており、
生食用と甘露煮の中間の熟度のイチジクを
原材料として使います。

イチジクの収穫は、
畑を半分に分けて1日おきに行います。
イチジクは1日で熟度が大きく変わるため、
収穫のタイミングが非常に重要です。

 

2025年は9月2日から

収穫が始まりました。
本格的に収穫できたのは9月10日頃から。


例年は11月上旬まで
収穫できることもありますが、
今年は10月いっぱいで
終わりそうだといいます。

 

苗は1本立ちで植え、
3年目頃から収穫が始まります。
樹は3本または4本仕立てにし、
枝は地面から40センチほどの高さで
分かれるように育てます。

収穫が終わった枝は、
理想的な角度になるよう整えます。
雪害を防ぐ樹形づくりが重要です。

剪定は2月から3月上旬。

雪が残っていても
スノーシューを履いて
畑に入り作業を行います。

 

イチジク栽培では、

カミキリムシによる被害も大きな課題だといいます。

平成16年頃にはカミキリムシが大発生し、

大きな被害が出たこともありました。

クワカミキリは
幹や枝の付け根に卵を産み、
孵化した幼虫が木の内部へ入り込みながら
食い進みます。
幹の内部が空洞になるほどの
被害になることもあります。

一方、キボシカミキリは
樹皮の下を食べながら広がり、
幹の周囲を傷つけることで樹勢を弱らせます。

そしてそのとき、
畑の樹の7割ほどが枯れてしまうという
深刻な被害になったといいます。

そのため現在は、
畑の防除と被害の早期発見に努め、
木の状態を丁寧に確認しながら
管理を続けています。

須藤さんが特に力を入れているのが土づくりです。
毎年春になると、
牛糞堆肥を2トントラックで
42台分入れます。
それを一輪車で畑へ運び、
木の周りに施していきます。

剪定が終わった後の
3月初めから月末まで、
ほぼ一か月かかる大仕事です。

 

こうして手間をかけて育てられたイチジクは
収穫後に選別されます。

農協の規格では
L:45g以上
M:35〜45g
S、SS:それ以下

さらにA品とB品に分かれ、
葉とのこすれなどがあるものはB品になります。

 

甘露煮用のイチジクは
糖度はほとんど関係ありません。
この段階では甘味はなく、
砂糖で煮ることで味が作られるのです。

 

須藤さんのイチジクはほとんどが直接販売で、
そのうちの一つ、
羽後町の道の駅で「大竹いちじく」を
1㎏詰めの袋で100袋販売した際には、
20人ほどが並んで待つほどの人気だそうです。

 

一方で生産者の高齢化も進んでいます。
木が枯れても植え直さない農家も増え、
産地の規模は少しずつ小さくなっています。
それでも需要は高く、
まさに引っ張りだこの状態です。

甘露煮文化を支え、
GIブランドとして
受け継がれていくGI「大竹いちじく」。

その果実には、
地域の暮らしと農業の歴史が詰まっています。

 

道の駅うご 端縫いの郷

「大竹いちじく」の」収穫時期は
9月中旬から10月いっぱいくらいです。
見つけられたらラッキーかもしれません。

気になった方はぜひどうぞ。


取材にご協力いただきました皆様、

ありがとうございました!

 

今日はこのあたりで。
食と農の未来がより豊かになりますように。

 

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