湯通しで辛くなる不思議な伝統野菜 おきたまの「雪菜」@山形県米沢市

こんにちは。北海道在住、
野菜くだものハンター、
食と農のコンサルタントの田所かおりです。
2025年の冬、
米沢は記録的な大雪に見舞われました。
地元の方も「何十年ぶり」と驚くほどの降雪で、
雪には慣れているはずの米沢でも
街中は除雪が追い付かないほど。
そんな年に、
雪の中から掘り出す野菜があると聞き、
米沢市上長井を訪ねました。
それが山形県の伝統野菜
「雪菜(ゆきな)」です。

「雪菜」は雪の下で
貯蔵されるのではなく、育つ野菜です。
この独特の生育方法は、
世界的にも非常に珍しいとされています。
取材に応じてくださったのは、
上長井雪菜生産組合 組合長の吉田清志さん。

まず、「雪菜」の栽培について
伺いました。
吉田さんの「雪菜」畑は
全体でおよそ30アール。
年間2トン弱の「雪菜」が生産されます。
種まきは8月25日から9月5日までのわずか10日間。
それより早いと暑さでとう立ちするのと、
遅いと秋の生育が追いつかないといいます。
9月上旬に芽吹いた苗は
秋の間にぐんぐん成長し、
10月末には高さ60〜80cmほどの大株になります。
この時点では硬く、
煮ても焼いても食べられないほど。
そこで11月上旬、
いったんすべての株を引き抜き、
「床寄せ(とこよせ)」と呼ばれる
作業を行います。
床寄せでは、60〜80cmに育った株を
12〜15株ずつ束ね、
それを3束並べて10〜15メートルの列にします。
株元に土を寄せ、新聞紙と藁で覆って雪を待つ。
「雪菜」はここで“眠りにつく”のではなく、
“第二の成長”を始める準備をしているのです。
「引き抜かれたことで、
植物は身の危険を感じるんです。
『子孫を残さなければ』と本能的に反応して、
雪の中でも“とう立ち”が始まるんですよ。」
「雪菜」の“とう立ち”は、
春を待たずに冬の雪中で起こります。
根から水分を吸うことができないため、
自身の外葉を養分に変え、
中心の茎をゆっくりと伸ばす。
雪の下という暗闇の環境では光合成ができず、
その代わりに柔らかく黄白色に軟化していきます。

「株は積雪下で寒さから保護され、
自己の呼吸熱で伸び出す。
積雪下で伸びた花茎は雪の下の
暗黒状態で黄白色になり、
肉質軟らかく独特の香味があり、
野菜の芸術品といわれる。」
(『日本の野菜文化事典』青葉 高/八坂書房)
文献に記される通り、
まるで雪の中で呼吸するように生きるのが、
米沢の「雪菜」なのです。

雪の中の環境は気温0〜1℃、
湿度90%以上という安定した状態に保たれます。
「氷点下10℃の日でも、雪の下は0℃くらい。
「雪菜」自身が呼吸しているから、
ほんのり温かいんですよ」と吉田さん。
自然がつくる完璧な育成環境です。

「雪菜」づくりは自然の加減に左右されます。
3年前のように雪が少ない年は、
外気の冷え込みを直接受けて凍ってしまう
「しみる」被害が発生。
一度“しみ”が入ると
溶けて腐敗してしまうため、
収穫量は激減します。
反対に2025年は、何十年ぶりというドカ雪。
「昔は棒が隠れるほど降ったと言ってたけど、
今年は本当に隠れたんです」と
吉田さんも驚いたほど。

雪の多い年は「雪菜」にとって
理想的な環境であり、
甘みがのってやわらかく仕上がります。
ただし雪の掘り出し作業は過酷です。
腰まで積もる雪をスコップでかき分け、
丁寧に掘り出す。
冷気が頬を刺す中でも、
「この作業が好きなんです。
今年は特に大変ですけどね。」と
吉田さんは笑顔を見せていました。



収穫の最盛期は12月中旬から翌年2月。
1日にコンテナ2つ分を収穫し、
水洗い、袋詰めまでを
その日のうちに済ませます。
翌日には市場で競りが行われるため、
時間との勝負です。




かつては米沢市内のスーパーなどで
見かける定番商品でしたが、
現在、生で市場に出荷しているのは
吉田さんのみなんだそうです。
「雪菜」の種はすべて自家採種。
秋に選抜した優良株をビニールハウスに移し、
周囲を囲ってミツバチを放して受粉。
「昔は人によってばらつきがあったけど、
組合を作ってから
品質がそろうようになりました。」
こちらが吉田さんが採種した「雪菜」の種です。

現在、上長井雪菜生産組合は
7軒の農家で構成されています。
旧上長井村の伝統を受け継ぎ、
「芽揃え会」で品質を確認し、
出荷開始となります。
「雪菜」はふすべ漬けに加工して
販売されています。
「ふすべる」とは、
山形の方言で「湯通しする」という意味。
「雪菜」の代表的な加工品「ふすべ漬け」は、
この湯通しの技で辛みを引き出す漬物です。
生の雪菜には辛みがありません。
しかし、熱湯に3秒間×3回
くぐらせてから漬け込むと、
アブラナ科の辛味成分が反応し、
特有の辛みが生まれます。

吉田さんの加工施設で
お母様がちょうど「ふすべ漬け」用の
「雪菜」をカットされていました。
湯通しは、
「ほんの数秒の違いで味が変わるんです。
年季のいる作業ですよ」と吉田さん。

包丁の音が小気味よく響き、
湯気の中で白い茎が艶やかに揺れます。
迷いのない手さばきに、
長年「雪菜」と向き合ってきた
時間の深さを感じました。
その後
しっかりと水を切り、
塩で漬け込むのだそうです。
作り手によって少しずつ仕上がりが
異なるそうで、
組合では商標登録された共通ラベルを
使いながらも、
それぞれの家の味が息づいています。

「雪菜は雪の下で呼吸を続けることで
香りを保ち、
春先までその鮮度を失わない。
雪の恵みが生む
自然の冷蔵庫であり、
米沢の知恵の結晶である。」
(『おきたまの伝統食材』
置賜農業振興協議会)
まさにそう感じました。
吉田さんからいただいた、生の「雪菜」と
道の駅で購入した「ふすべ漬け」を
食べてみました。
生の「雪菜」は、アブラナ科だなと
わかる風味で、でも辛くなく、
独特の甘味と風味が感じられ、
シャキシャキした食感でした。
そして購入した「ふすべ漬け」。

生の「雪菜」から想像できないくらい辛かった。
これには驚きました。
まるで雪の中で育つ強さを
表現しているかのようなお味です。
塩気と「雪菜」の爽やかな辛さが美味しいです。
一般的には茹でたら辛さは飛ぶはずなのですが。
試しに私も伺った手順で茹でてみたのですが、
全く辛くない、
単なるおひたしになってしまいました。
ふすべる、は見様見真似では
習得できない職人技と思いました。
冬の米沢を訪ねたら、
ぜひ味わってほしいのがこの『ふすべ漬け』。
今シーズンもそろそろ食卓に並ぶころでしょうか。
気になった方はぜひどうぞ。
大きな道の駅で、食、食材ともに
豊富でした。
気になった方はぜひどうぞ。
取材にご協力いただきました皆様、
ありがとうございました!
今日はこのあたりで。
食と農の未来がより豊かになりますように。
